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夢を叶えるためにセブ留学を選んだ青年の物語(5)僕はジャカルタに降り立った2017年9月19日

訪れた国約40カ国、セブ在住3年の自称『熱血』英語講師。37歳で英語の勉強を始め(遅っ!)、イギリスMBA(経営学修士号)まで取得した英語学習法を惜しみなくシェアします。

 

インドネシアの首都、ジャカルタ。
ここが僕の海外最初の戦場となった。

 

インドネシアの公用語は、勿論インドネシア語だ。
しかし、僕の職場では幸いなことに英語が公用語だった。

 

インドネシア人が9名、日本人が2名の職場。
その日本人2名とは、僕と僕の上司。
しかし、上司はタイとインドネシアを管轄していて、ジャカルタに来るのは月に3日程度だった。

 

つまり実質、日本人は僕一人だった。
完全な放置プレーだ(また騙された笑)。

 

なんて無責任な会社だと思った(笑)。
一方で、このサバイバル感にワクワクもした。

 

僕は海外で働いている。
この圧倒的な現実に僕は燃えた。
しかも、日本人は僕一人。
頼れるのは自分自身とセブで培った英語力。

 

 

そして、僕の英語は通じた。

 

 

僕は英語でコミュニケーションをとり、プロジェクトを進めることができた。
僕は夢の実現を噛み締めながら、異国の地、ジャカルタで奮闘した。

 

僕が勤めた会社は、海外8カ国にブランチがあった。
例えば、マレーシアやフィリピンのスタッフがジャカルタに来て、一緒に作業や打ち合わせを英語で行うこともあった。
多国籍の人が参加する国際会議に参加することもあった。
英語でプレゼンをすることもあった。

 

毎日が刺激に満ちていた。

 

僕は騙されてジャカルタに来た(笑)。
そして、日本人は僕だけだった。
しかし、結果的にこのことが僕の人生に多くをもたらした。

 

異国の地で「一国一城の主」として僕は働くことができた。
僕はまだ20代後半だった。
そんな若輩者が、「高い立場から物事を見る視点」を学ぶ機会を与えられたのだ。

 

僕はone of themではなかった。
僕の代わりは僕しかいなかった。
そこには、痺れるほどの責任感があった。
快感と言い換えても良い。

 

 

こうして僕は夢を叶えた。

 

 

全てはセブから始まった。
フィリピンで英語を勉強していなかったら、インドネシアに行くことはまずなかったであろう。

 

僕はセブで半年、徹底的に英語を勉強した。
英語を勉強して本当に良かった。

 

いま心底こう思える自分を誇りに思う。

 

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『フィリピン留学 ブログには書けない話』

http://mail-lp.com/p/LP0

非帰国子女として英語を10年間勉強し、

英国にMBA留学し、

フィリピンに4年住み、

セブ島で英語学校を経営してきた

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